母からの電話を、折り返せない
嫌いなわけじゃない。ただ出た瞬間、話が終わるまで自分の時間に戻れない。
母から着信が3件入っている。地元の実家。折り返そうと思って、そのまま3日経った。
嫌いなわけじゃない。ただ電話に出た瞬間、話が終わるまでは自分の時間に戻れない、という感覚が少し重い。出なかった日の罪悪感と、出た日の消耗感を、どっちが軽いかでしばらく計算している自分がいる。
「元気なの?」「ちゃんと食べてるの?」「あの子、結婚したらしいよ」。地元の同級生の結婚話、近所のスーパーの改装、父の腰の話。30分は短い方で、気づけば1時間が経っていて、会話が終わる頃には何を話したかもうまく覚えていない。
母が悪いわけじゃない。話し方は優しいし、僕を責めているわけでもない。ただ電話の向こうには、18歳で家を出たときの僕がまだ立っている、という感覚がいつまで経っても消えない。
僕はもう子供じゃない。ちゃんと自分で食べているし、少しずつ自分の事業のようなものも持てるようになった。それでも母と話しているときだけは、制服を脱いだばかりの自分にいつの間にか戻っている。
折り返すボタンを押すのに、自分の中で少し準備が要る。ハイボールを1本空けてから、と思って、気づけばもう1本開けている。
それが親不孝というやつなんだと思う。
会話の内容が重いわけじゃない。母は金を送ってくれと言うわけでも、帰ってきて家業を継げと言うわけでもない。ただ普通の心配を、普通の口調で続けてくれる。普通の心配に、僕はいつも30分以上の時間を差し出せる状態じゃない、というだけの話だった。
4日目の夜、結局自分から電話をかけた。母は「あら、ごめんね、寝てた?」と4日前と同じ声で出た。着信3件分の要件は、特になかった。駅前の桜が咲きそうなこと、父が先週少し熱を出したけど大丈夫だったこと、近所のスーパーが惣菜の種類を増やしたこと、そういう話が40分くらい続いた。
電話を切ったあと、ハイボールの缶が手元にまだ半分残っていた。テーブルの上の綾辻の読みかけの本を少しめくって、また閉じた。
親不孝だと思えるうちは、まだ僕は母のことを嫌いになれていない。それが一番厄介な事実だ。
嫌いになれたら、3日悩まずに5分で済む電話になる。悩むということは、僕の中で母が「ちゃんと向き合うべき相手」として残り続けている、ということだと思う。
次の着信が来たら、今度はもう少し早く折り返そうと思う。思うだけはいつも思っている。
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