零質問箱
自己

友達の結婚式から、帰ってきた夜

祝ってないわけじゃない。ただ帰りのタクシーで、少しだけ言葉をなくしていた。

地元のバスケ部で一緒だった友人の結婚式が、六本木のホテルで開かれた。土曜の午後3時からの披露宴で、僕はスピーチも頼まれていた。3分の原稿を3回書き直して、前列で新郎新婦に向かって読み上げた。

新郎の目が一瞬だけ潤んだのは、僕の席からしか見えなかった気がする。スピーチの特に大した一文じゃない場所で、彼は目を伏せた。それを見ながら「こいつも28になってそういう顔をするようになったんだな」と、少し遠くから眺めている気持ちになった。

料理は美味しかった気がする。ワインを2杯くらい飲んで、同じテーブルの知らない夫婦と当たり障りのない話をした。新婦の友人席に綺麗な子が何人かいたけど、こっちを気にしている様子はなかったし、僕もこの日特にそういう気分でもなかった。

ケーキ入刀、花束贈呈、両親への手紙。順番通りに涙が出る場面で、ちゃんと拍手が起きた。いい式だった、と帰りに誰もが言いそうな式だった。

会場を出た瞬間、自分の中で何かが少しだけ沈んだのは気のせいじゃなかったと思う。

帰りのタクシーでネクタイを緩めた。窓の外を特に理由もなく眺めていた。「おめでとう」を何回言ったかはもう覚えていない。本当に嬉しかった。それでもホテルの自動ドアを出て外の空気に触れた瞬間、自分の背中側が少し冷えた気がした。

独身だから寂しい、というよくある話ではないと思いたい。ただ披露宴の席で新郎のスピーチを聞きながら「彼をこんな顔にさせる人が今、僕には1人もいないな」ということを、妙に冷静に確認してしまった。

友人が全然いないわけじゃない。バスケ部のグループLINEは今も動いている。仕事関係で連絡を取り合う人間もそれなりにいる。でも「この人と結婚します」と300人の前でスピーチする相手は、今のところどこにもいない。

焦っているわけでもない。前に付き合っていた人と別れてから、1年ちょっとが経つ。その間、仕事を優先してきたのは自分の選択だ。

ただ、祝福の帰り道というものはいつも少し静かすぎる。

タクシーの運転手さんがラジオの音量をほんの少しだけ上げた。流れていたのは、名前は知らないけれど昔よく聴いた種類のシティポップだった。竹内まりやか、その辺の、やわらかい女性の声だった。

家に着いて、ネクタイを椅子の背にかけて冷蔵庫を開けた。ハイボールの缶があったけど、今夜はなんとなく飲まずに寝ようと思った。

スーツのジャケットだけハンガーにかけて、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。天井を見ながら「次にこのスーツを着るのは誰の結婚式だろう」と少し考えて、考えるのをやめた。

Share

X でシェア