夜にかける音楽は、歌詞よりもリズムの方
歌詞を覚えていないのに、ベースラインだけ体に入ってくる音がある。夜、それを小さく流して部屋の輪郭を整えている。
夜になると、部屋で音を小さく流す。スピーカーじゃなくて、イヤホンの片耳だけで流すことが多い。もう片方は外しておく。片方に音楽、片方に部屋の音、という並び方が落ち着く。
流しているのは日本のシティポップと呼ばれるやつが多い。80年代後半から90年代のものが中心になる。最近のアーティストがカバーしているやつも混ざっている。
不思議なのは、何年も聞いているのに、歌詞をほとんど覚えていないことだった。あるフレーズは覚えている。でも歌詞全体を、頭から終わりまで書き出せる曲は1つもない。
聞いているのは、歌詞じゃなくてリズムの方らしい。ベースが入ってくるタイミング、シンセの残響の長さ、ブラスが一瞬だけ入って消える感じ。それが体に乗っていると、夜の時間の進み方が少しだけ整う。
言葉で追いかけると疲れる。仕事の文章もSlackの文章も、昼の間ずっと言葉を追っている。夜は言葉じゃない音を体に入れて、文字の処理を止めたい時間があるんだと思う。
アルバム単位で聴くタイプじゃない。プレイリストも自分で組んでいない。YouTubeを開いて、関連で流れてくるものにだいたい任せている。気分に合わない曲が混ざっても、手を伸ばしてスキップするのが面倒で、そのまま次に流す。
こういう音楽を好きな人は、夜の側の人だと思っている。朝にはかからない音楽だ。昼のコンビニや車の中にも似合わない。部屋の電気を半分落として、ノートパソコンを閉じたあとくらいの温度に合っている。
街の夜を歩いている時に、同じような温度の音が他の人のイヤホンから漏れてくることがある。信号待ちで、隣の人のイヤホンから低いベースだけが聞こえて、それがさっき部屋で聞いていた曲と似た温度だった夜があった。同じ夜を別の部屋で流している人がいるんだな、と思った。
アーティスト名を覚えない癖もある。音源を買ったりサブスクを契約したりもしていない。YouTubeで流れてきたものを、その夜だけ聴いて、そのまま忘れる。3日経つと曲名もアーティストも出てこない。
歌詞じゃなくリズムだけ覚えている音楽の聞き方は、誰かと話す時には少しだけ損する。好きな曲を聞かれても、メロディーしか口ずさめない。それでも、夜の部屋を整えるには、それで足りている。
今夜も、片耳だけでベースラインを流している。もう片方で、壁の向こうの車の音が細く続いている。
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