零質問箱
自己

部屋に持ち込んだのは、寝袋とPCだけだった

まとまった現金を作るために、手元のものをほとんど処分した。寝袋で眠った最初の夜のことを、まだ覚えている。

2ヶ月前、狭いワンルームに引っ越した。12月の頭だった。部屋に持ち込んだのは、寝袋と、服を詰めたスーツケースが1つと、ノートパソコン。それだけだった。

引越しの前に、手元にあったものの大半を処分した。一眼レフのカメラ、アメリカン系のバイク、買い集めていた好きなブランドの服、本棚に並んでいた小説が200冊近く。どれも時間をかけて集めたものだった。

処分した理由は一つで、起業の初期資金を自分で作ると決めていたからだった。親から借りるのも、銀行に頭を下げるのも、この段階ではやりたくなかった。最初の体力は自分の手の届く範囲で用意する、という線を自分に引いていた。だから持っているものを、順番に現金に変えていった。

バイクは自分で中古ショップまで乗っていった。査定と手続きが終わって、50万円を受け取って店を出た。駐車場を出る時、置いてきたバイクを一度だけ横目で見て、そのまま歩いた。

本はスーツケース2つに詰めて、ブックオフに持ち込んだ。漫画も入れたら400冊近くあったと思う。綾辻行人の館シリーズも、3回は読み返した本も、全部その中に入っていた。査定を待っている間、懐かしい表紙がレジの奥でパラパラ開かれていくのが、視界の端に映っていた。

カメラは廃品買取に出した。家までトラックで取りに来てもらって、家電も家具も、残っていたものは全部まとめて積んでいってもらった。金額の確認以外は、ほとんど言葉を交わさなかった。

服は、燃えるゴミの袋にまとめて捨てた。リユースに回す気力も残っていなかったし、そこまで値のつく服でもなかった。分別のルールに合っていたのかもよくわからないまま、集積所に2袋置いてきた。

夏物は、一枚残らず捨てた。夏までに稼げていなければ意味がない、という自分への線引きだった。気持ちの上では夏までに稼げる自信があったけど、たぶんそれくらい自分を追い込みたかったんだと思う。

引越しの日は、部屋のことより始めることの準備で手一杯だった。荷物自体は少なかったから、搬入そのものは数時間で終わった。

部屋に入って、床に寝袋を広げた。備え付けの背もたれのない椅子に、ノートパソコンだけが載っていた。それ以外は本当に、何もなかった。

その夜、寝袋に入って天井を見上げた。寂しくはなかった。感傷もなかった。どちらかというと、やる気だけが体の中に残っていた。物が減った分、これから始めることだけに頭を使える状態になっていた、という方が近い。

処分したもののうち、惜しいと思ったものはカメラだけだった。高校の卒業祝いに親が買ってくれたもので、手放す時に少しだけ引っかかった。それ以外は、本当に何もなかった。

どれもたぶん「こういう自分でありたい」という背伸びの延長で手に入れたもので、無くなって気づけば困らないものばかりだった。

2ヶ月経った今も、部屋の中身はほとんど変わっていない。寝袋、服、備え付けの椅子に載ったノートパソコン、そのくらいだった。ほしいものも、特に思い浮かばない。物欲みたいなものは、あの日に持ち物と一緒に一度全部、外に出ていったらしい。

あの夜の寝袋越しに感じた床の固さと、すぐそこにあった天井の低さだけが、今も体の奥に残っている。

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